算命学の雑学

算命学を学ばれるに当たり、生年月日では出てこない運勢があります。それは与えられた環境によって影響された運命です。算命学の予備知識として、少しでもお役に立てられればと思い、雑学的な読み物を書かせていただきます。

◇三年の歳月の意味と大切さ
◇運命の春夏秋冬
◇職場での人間関係と運命の法則
◇結婚の相性について
◇離婚の因縁
◇再婚の有無について

三年の歳月の意味と大切さ

当学院に入学していただき、プロの鑑定士を目指されるなら、鑑定に必要な最低限の技術と知識・心構えを身に付けていただくには、最低でも3年以上は学んでいただかなくてはなりません。
(どうしても早く習得したいと願うなら、短時日で教えることは可能ですし、それにお応えする事はできます。しかし、これは決して良い事ではありません。)

何故3年なのか・・・??
これは、
・物事を学ぶ
・物事をやり遂げる
・商売を軌道に乗せる
・やってきたことに関しての判定を下す

といったことに対しての、評価や結論を出すためには、最低限重要で必要な時間になるのです。

たとえば、何かの商売を始めたとします。
一年目は、「儲かるのか儲からないのか」かなり不安の中で、ペース配分を忘れて一生懸命に働きます。
二年目は、一年目の教訓を生かして、同じような力で確認しながら働いていきます。
三年目は、これまでやってきたことに見直し反省して、もしこの時点で商売がうまくいっていたならば、これまでのことに間違いないことに気づきます。
「やっと軌道に乗せられた。」というような感覚が得られるのです。

世間一般的に、また、算命学をはじめとする運命学や仏教などの精神世界の分野では、3・5・7という数字がよく使われます。これらの数字は、運命数といって人がこの世で何かを成すには、かなり重要な数字になるのです。
実は、数字には重要な意味が隠されているのです。
まず、「1」という数字は、混沌数といいます。

違った形で説明しますと、二人で囲碁を打っていたとしましょう。
一手目は、どこに打つかは分かりませんし、どこに向かっていくのかも分かりません。
次は相手が二手目を打ちますが、これも「相手はここに打ってきたのか」という感覚にしかなりません。
「2」という数字は、未完成数といいます。

三手目になりますと、「ここに打ってきたなら、この先の展開はこうなるだろう。」といった具合に方向性が定まってきます。

「3」という数字は、完成数といって、三角形のように物事が定まる意味をもっているのです。そして、物事の出発をも意味しているのです。

同じような「3」の意味合いで、身近なものがいくつかあります。
「3」は精神世界の数字です。精神を説いたものの中に、「人は三歳で魂が入り人間となる」「三つ子の魂百まで」という格言やことわざがあります。

人は生まれてから、
1年目で「天の気」が授かるといわれています。
2年目で「地の気」が授かります。
そして、
3年目で「人の気」が授かるのです。
要するに、3年目で人間の仲間入りができ、2年までは人間として未熟であるとされています。これを半人前「青二才」といわれるのです。
※青二才とは、人生の初めの時期で、人としては一人前ではなく、まだまだ未完成ということなのです

※算命学を勉強している人は分かると思いますが、青は人生の初めの場所にあります。そして、季節は春を意味しています。
ですので、人生の思春期あたりの時代を「青春」といわれているのです。

※人は三歳で魂が入り人間となるところから、人間として自覚をして、その備わった気質や性格は、三歳から亡くなるまで生涯変わらないのです。


「5」は現実世界の数字で、この地上の元素といわれる「木性」「火性」「土性」「金性」「水性」の性質を表しています。
人として例えるなら、この世に生を受けて、地上の「五神の気」を受けたとする時期になります。
商売の例えるなら、方向性が定まり、完全に軌道に乗せられる時期といえます。

「7」は精神世界の数字で、天上の「七神の気」を受けて完成される時期といえます。
「七神の気」とは、「金」「水」「月」「日」「火」「木」「土」の7つになります。
  ※この7つの順番は、お彼岸のころには、日本の上空を通過していく星の順番なのです。
お彼岸の7日間の真ん中の日は太陽が通過するため、「中日」(ちゅうにち)というのです。

人としてみるなら、この世に生を受けて、男女の意識の違いを認識する時期になります。
儒教の祖である孔子様が、これに目をつけて「男女七歳にして席を同じゅうすべからず」と説かれました。
男女は七歳ともなればお互いにけじめをつけさせて、みだりになれ親しんではいけない。ということなのです。

商売に例えるなら、創業から3年で方向性が定まり、5年で確立させ、7年で周りにお世話になった方たちへの感謝を込めてお礼をする時期になります。これを「返礼」といいます。

上記とは別にこの3・5・7にまつわる代表的の儀式の中に、七五三があります。

また、人が亡くなった際には、初七日の法要を行います。これは、天の七神に対して、人があの世へ旅立つためにご挨拶をされることを意味し、それを七回繰り返すことで、正式にあの世へ旅立つことになります。7×7で49、四十九日の法要「死者追善」となるのです。
その後一周忌の法要を行い、それ以後は、3回忌、7回忌、13、17、23、27、33、37、43、47回忌というように、必ず下一桁が精神的な数字である「3」と「7」の時期に行われるのです。そして、最後にこの世に生まれ変わる準備をするという意味で、50回忌の法要が営まれるのです。

話が長くなりましたが、人は何かを完成させるには、必ず3年という歳月をかけなければ、十分な気が備わらないのです。「石の上にも三年」といわれるのも、そのような意味が含まれています。

地球は1年・365日の時間をかけて太陽の周りを回ります。これを「半年にして欲しい」と願っても無理な話なのです。

天中殺を通過するには2年の歳月がかかります。これを「一年にして欲しい」「無いものにして欲しい」と願っても無理な話なのです。

そして、何を行うにしても、「天」「地」「人」3歳のエネルギーが備わるには、地球が太陽の周りを3回通過しないと備わらないのです。

算命学のお勉強から講師にいたるまでの道筋を、これらの理に当てはめるならば、算命学を学び、鑑定士としてそれなりの知識と気構えが備わるのに三年。
さらに、鑑定士として軌道に乗せられるのに三年。
そして、講師として軌道に乗せられるのに三年の歳月がかかるのです。

算命学を学ぶということは、同時に「人生の成否」「人の生死」「家族の行く末」等々の多くのことを知り学んでいかれるのです。算命学を学ばれている人の多くは、開始して一年間から二年間は、学習と平行して自分や家族のことばかりを気になされ、そして学ばれると同時に、知り得た事に対して一喜一憂していきます。
これが悪いというのではありません。
自分の知らなかったことばかりなのです。良い意味悪い意味を含めて、実に新鮮なものです。
一種のカルチャーショックを受けてしまいますので、これも仕方のないことなのです。

しかし、こういった精神状態になるのが分かっていながら、短時間で算命学の技法を詰め込み、さらに全く動じない心を作り、精神を昇華させていくことは非常に難しいといえます。また、自分が落ち着きのない未熟な状態で、相談者を導いていくことはさらに困難なことなのです。

物事を成すためには、どの世界においても最低でも三年の歳月がかかるのです。
とりあえず物事をせっかちに終わらせようとするならば、人為的に短縮を行うことが出来ます。しかしこれは、気のエネルギーを中途半端に備わってしまった未完成な人を送り出すことになってしまうのです。

「私は何倍ものの努力をしたから完成している」という反論があるかもしれませんが、心技体の中から、必ず欠けた何かが出てくるのです。

算命学の学門は、中途半端なエネルギーしか備わらなかった人が、人の人生を導こうとするならば、間違った方向にしか導くことしか出来ません。必ずや相談者、そして、導いた本人も混迷の人生を歩んでいくことになるでしょう。
(※混迷に入る人の多くは、志がお金儲け中心に傾いてしまった人に多いといえます。)

逆に、もし三年未満でしか教えられない先生がいたならば、その先生は怠惰か未熟、もしくは邪な考えを所有していると考えてもいいと言えます。
(※これもお金儲け中心に走ってしまった人に多いといえます。)

そして、この考えと理は、どのお仕事に携わっていても同じことが言えるのです。

三年という歳月は、「天」「地」「人」の気が備わる大切な歳月。それは、「気」「体」「心」(気心体)の一致が得られる大切な時間帯といえるのです。

運命の春夏秋冬

鑑定を訪れる方の相談の中に、結婚や仕事の相談が大多数を占めています。
これからの夢と志を持って進んでいこうとする若い人をみると、日本もまだまだ捨てたものではない。と思うことがあり、元気な20代の若者を見ると「何も考えずに思った通りに攻めなさい。」と言ってあげたくなります。
しかし、少し待っていただきたいことがあります。
算命学を始めとする運命学を説いている立場の私から言わせると、勝負していい時期と悪い時期があることをお伝えしなくてはなりません。
人が勝負する時期を誤ると、その人は大きな挫折を味わうことにもなりかねません。

人間の人生にも春夏秋冬といえる季節があることを知っておかれると良いでしょう。

日本などには顕著に現れているのですが、自然界には、季節があります。
たとえば、草樹木はその季節によって、明らかに見た目が変わります。
春の樹木は成長著しく、目や茎がどんどん伸長していきます。夏は葉が生い茂り、秋は果物がなり収穫され、葉は枯れていきます。そして、冬は活動を停止し、春が来るまでじっと耐え忍びます。

動物の渡り鳥なども春夏は北へ上り住み、秋冬には南方へ帰り、季節によって住む場所を変えていきます。

自然界にも動物にも季節が存在しています。
人間だけ季節が無いということは決してありえません。

人間にも春夏秋冬があり、人間は冬の季節になると活動力が鈍ってしまうものです。この冬の活動力低下の現象を、運気の流れに例えますと、算命学では天中殺といわれる運気になります。もちろん、天中殺以外でも冬に相当する運気が数多くあります。

人はこれらの時期に動いて(勝負して)しまった、もしくは、動かされてしまった場合は、結果が宜しくなくなるのです。ひどい場合は、人生の大きな挫折を味わうこともあります。そして、何代にも渡って影響する場合もあります。
この挫折についてですが、天中殺といった悪い運気は別にして、人は必ず一生のうちに一回か二回は挫折をする。ということも知っておいてください。

算命学をかなり勉強された方は、その人の挫折をした時期を聞くと、その人の大抵の運気の流れを掴むことができます。そして、次の試練はいつ頃になるのかも予測することも出来ます。
すなわち、この流れには法則性があるからなのです。

挫折を味わいたくないのは万人共通ですが、味わっていけないことではありません。
人は幸運期には、自分の幸せに実感することがありません。
たとえば、経済的に裕福な時期が幼少期から続くと、それが当たり前のように過ごしていきますが、この時期に幸せ感を感じることはほとんどありません。しかし、ある日突然に経済的困窮を味わった時に、あの頃は幸せだったのだと感じるようになるのです。

人生の挫折は、その人の心を強くすると同時に、必ずその人を鍛え上げるのです。
しかし、挫折し続けることはその人を卑屈な人物に育て上げることにも繋がります。

人は幸運と不運の運気のバランスの中で動いているのです。
幸運が生涯続いていき、勝ち続ける人生はあり得ません。また、逆に不運が生涯続いていき、負け続ける人生はあり得ません。株価なども同じで、上がれば下がり、下がれば上がるのです。
運もまた上がれば下がり、下がれば上がるのです。

もし、今が挫折を味わっている最中で、「自分の人生はもう駄目なのか」と思っている人がいらっしゃいましたら、この現象が終わった後には、必ず上昇する時期、いえ、自然に上昇させられる時期(春と夏の季節)がやってくることを信じて過ごされると良いでしょう。

職場での人間関係と運命の法則

鑑定を訪れる方の相談の中に、職場での人間関係の悩みが数多く寄せられます。
人間関係を良くする方法やある人との接し方、扱い方等は算命学の基本とするところですが、ここでは、人間関係が壊れたのちの運命についてお話をさせていただきます。

職場での人間関係の悩みには、上司と部下の関係、同僚とのいさかい、男女間のトラブル等々ありますが、「何となくこの人は嫌いだ。」「この人の性格が嫌だから、この人の下では働きたくない。」といったようなわがまま的な心情からくる人間関係から、ハラスメント的な状態で発生する辛い人間関係など様々あります。

そして、これらが原因として、他者を排除し、職場を辞めさせることにまで発展していくことはよくあることです。

仮に、他者を排除する人を「Aさん(社員)」、職場を辞めるはめになった人を「Bさん(上司もしくは社員)」だといたします。

算命学の運命の法則では、もし「Bさん」が会社や組織を去ることになったならば、どんな理由でも「Aさん」もその会社・組織に居てはいけない。というのが答えになります。

もちろん、「Bさん」が世間から見てとんでもない犯罪をしていたならその限りではありませんが、「普段仕事をしていない。できていない。」「職場で新聞等を読んでいる。さぼっている。」「この人は嫌いだ。」「Bさんよりも成績が良い。」などといった理由での排斥は、大きな因縁を招くことになります。

なぜならば、その「Bさん」は何か会社のためにしようと考えているかもしれませんし、何かの勉強をして、新しい仕事を創造しようとしているのかもしれません。しかし、そういった個人的なものよりも、「Bさん」にも大切な守るべき物や守るべき家族があるからなのです。

追い出した「Aさん」は、「良かった良かった。」と思われるかもしれませんが、その反動として、「Bさん」の家族は不幸になるのと同時に、辞めさせられた「Bさん」とその家族は、「Aさん」を恨むことにもなるのです。
そういったものが影響してなのか、さらに不思議なことに、残った「Aさん」の組織は、日ならずして業績などが急落していくようになるのです。

また、こういったケースは、リストラをされる企業にも同じことが当てはまります。特に、リストラをする側の人事関係の職に就いている人は、辞めさせられた人から、モロに悪い念を受けることになります。
「私は何も悪いことをしていない。」と思われるかもしれませんが、どの理由であれ、直接関わった張本人になってしまうのです。

組織の下剋上は最たるもので、それをやってのけた人は、必ずといったいいほど衰退していく結果となるのです。

これが、人間関係でこじれ、陰転してしまった運命の法則の一つといわれています。

他者を辞めさせたり、下剋上をされる方は、必ず自分にも跳ね返ってくる。そして、後世にも大きく悪い影響を及ぼすことを知っておかれると良いでしょう。

結婚の相性について

恋愛や結婚の相性を見る場合、恋愛と結婚は全く別物として判定いたします。
今回は結婚の相性についてお話しします。
結婚の相性をみる場合、多くのことをみて総合的に判断いたします。
現在は、沢山の占いが出て、様々な流派が乱立していますが、それぞれの流派により相当な数の結婚占いがあります。
本来、算命学だけでも、約150種類もあり、角度を変えて結婚を判定するのです。
びっくりされるかもしれませんが、二人の詳細で繊細な運命を説くことになりますので、それくらい結婚と言う運命を見ることは、非常に難しいとされているのです。
巷に出ている書籍は基本的なものでしかみる事は出来ません。単に結婚の相性が良い悪いだけで済まされるものではないのです。

結婚当初は二人だけですが、子供が生まれ、両親と同居をすることになったりして、生活環境の変化により相性も変わってきます。
(大家族向きか核家族向き等々・・・)


算命学の結婚占いは、基本的には、二人の「精神の結びつき」「価値観の相性」「肉体の相性」「行動パターンの相性」「運命的なご縁」等々、そして、「結婚の時期」をみて判定いたします。
 これらすべての項目で相性が良かった場合は、理想的な相手であり、運命的に結ばれやすいパートナーとして判断することができます。
しかし、自分からみて理想的な相手であっても、相手から見ると必ずしも理想的とはいえない一方通行の相性もあります。
例えば・・・自分から相手のことをよく理解できたとしても、相手からは自分のことがサッパリわからない、という相性がそれです。女性からすると、「女は愛されることが大事、愛されてこそ幸せがある。」というような考えがありますが、やはり、一方通行ではなく、お互いがわかり合えるような相思相愛の相性が何かと良いと感じます。
しかし、二人の相性が理想的で良すぎてしまうと、それも困ったことにもなりかねません。

相性がよすぎるということは、すなわち、相手のすべてがわかってしまうということになるからです。
特に、精神の結びつきや理解度が強いということは、相手の考えていることが一つ一つの台詞や動作で手に取るようにわかってしまうからです。

配偶者に仕事の悩みや大事な決断等を相談したくない場合や、逆に、家庭外で遊びたい、アバンチュールを楽しみたいと望むような邪な考えを持っているような場合に至るまで、すべての面で、配偶者に理解されて(見破られて)しまうからです。

行いの善悪は別にして、秘密主義の人にとっては、これも大変なことかもしれません。
このような例は、理想的な相性が仇となってしまうケースになります。

結婚の相性は、男性・女性共に結婚相性の価値観は共通して、自分は相手から強く愛され、距離感が近く、そして、相手の考えていることは手に取るようにわかるような人を理想とし、
逆に、相手からは強く愛されたいが、ある程度は嘘のつける人を理想としているように感じられます。

何はともあれ、二人には聖域のようなわからない部分もある程度、・・・少しでも・・・必要なのかもしれません。

離婚の因縁

鑑定に訪れる方たちの中に、離婚をしたい・考えている。という相談が多数あります。離婚するということは、かなりのエネルギーを使いますので、結婚以上に疲労度が強く出てしまうものです。
そこで、離婚について、一つの知識を知っておいてもらいたいことがあります。

まず、結婚をした際の儀式や作法には、神前式、人前式、仏前式、キリスト教式結婚等が一般的ですが、いずれの場合でも「男性」と「女性」、そして「神様」との三者契約で交わされます。
神社の神前で挙げる挙式スタイルを例にとりますと、神様の前で三々九度の盃をかわし、玉串を捧げ結婚を誓います。
三々九度の盃は、自分と配偶者、そして、神様に対して3回ずつ盃を交わして、人生を共に歩んでいくという誓いを立てることを意味しています。
ですから、結婚されて方のほとんどは、生涯共に歩んでいく事を誓い合っているのです。離婚はその三者契約を破ることを意味しているのです。

離婚される方の理由として、両者様々なご意見があるかと思いますが、離婚されると必ず何かしらの災いを受けることを覚悟しなくてはなりません。後々に災いがあったにもかかわらず、「私は何も悪いことをしていない。どうして?」という感覚を持たれることでしょうが、神様からしてみると、「なんだ、私との約束を破っておいて!」というようなことになるのです。
また、離婚をされたことによって、自分の家系に”離婚の因縁”を新たに作ることを理解することです。

もし、再婚をされて、後々の人生が幸せになったとしても、この因縁は3代に渡って続いていく事になります。

離婚をされた家系の子供は、本当によく離婚をされています。算命学では、この因縁は短くて3代、長くて15代続くと教えられています。15代続くとある意味では名門と言えますが、この因縁は子供か孫の代には、無くさないといけません。
離婚の因縁を作った家系は、各々の要因が絡み合って、最終的には絶家の家に結び付いていくことになるのです。

ですから、離婚は自分達だけの問題ではなく、必ず子孫にまで影響していく行いである事を知っておかれると良いでしょう。

再婚の有無について

相談にこられる方たちの中には、再婚のご相談も多く寄せられます。
そこで、再婚の有無について、一つの知識を知っておいてもらいたいことがあります。
再婚してはいけないケースは、当然のことながら、算命学でいう年の天中殺期間中や大きな運である大運天中殺や変剋律の終り頃などはいうまでもありませんが、その時期的なもの以外に、与えられた環境というものも大きく影響してきます。

 再婚してはいけない環境の中には、やはり子供の有無が関係してきます。
再婚しようという方に子供がいないようでしたら、自由に再婚することができます。
しかし、子供がいる場合は、再婚するべきか再婚しないべきかは、非常に悩ましいことになります。

再婚を考えている人が女性の場合で子供がいる方は、子供が女の子の場合は、比較的再婚してもよく、男の子の場合は、再婚をするべきではありません。
女の子の場合は、同性ということもあり、母の気持ちを察して嫌でも承諾してくれますが、男の子の場合は、離婚や死別等で父親がいなくなれば、幼いながらも無意識のうちに「お母さんを守らなくてはいけない。」「僕がしっかり支えなければいけない。」という父親的な心情が芽生えてきます。

そういった心情を持って生活していこうとしているにもかかわらず、ある日突然に今までいなかった男性が父親として名乗りを上げ、子供の前に現われるのです。

男の子の気持ちは、「お母さんを取られた」という気持ちが強くなり、男性に対して敵意の心を少なからず抱くことになります。
その男の子は、中学・高校生の時代には、生活面でみだれやすく、道を外しやすい状態になりやすいといえます。

再婚を考えている人が男性の場合で子供がいる方は、前述の逆の形になり、子供が男の子の場合は、比較的再婚してもよく、女の子の場合は、再婚をするべきではありません。
女の子は、母親がいなくなれば、幼いながらも無意識のうちに「お母さんの役割を演じていかなくてはならない。」「私がしっかり家事のことをしなくてはいけない。」という母親的な心情が芽生えてきます。

その気持ちを持っているにも関わらず、ある日突然に違った女性が現われると、「お父さんを取られた」という気持ちが強くなり、新しい母親に対して敵意の心を少なからず抱くことになります。

子供がいる場合は、どの環境においても、再婚には慎重にならないといけません。
子供が理解してくれたから再婚しても良いというのではありません。理解してくれた子供には、「かなり我慢してくれているのだという心情」を親が理解しなくてはなりません。

いずれにせよ、男女どちらの子供でも、子供が成人するころには、親から離れて生活していくことになってしまいます。
子供は親との人生と別になるということを理解しておくことが大切です。また、親の役目は子供を立派に育て上げ、社会に羽ばたかせてあげられるるまでの期間までであり、それが使命でもあると認識しておくことが必要です。
それが、母親(父親)ではなく、女(男)を選択した人の人生の流れになるのです。